- 消化器科ではどのような診療を行っていますか?
- 消化管(食道、胃、小腸、大腸)、肝臓、胆嚢、膵臓の病気を専門として診療しています。我々の病院は2次診療機関ですから、必然的に難治性の消化器疾患を多く診察します。診療依頼をいただくことが多いのは、下痢、嘔吐、食欲不振などの症状がなかなか治らずに、消化器疾患が疑われるが、原因となる病気が特定(診断)できていない場合です。この場合には内視鏡検査など各種検査を行い、病気を診断し、その病気に対する治療を行うこととなります。また、別のパターンとして、かかりつけ病院で病気が診断され、標準的な治療を行っているにもかかわらず、消化器徴候が良くならないということもあります。標準的な治療で良くならない場合は、病気が2つや3つ重複していることも多々あり、隠れた病気がないか、全身の検査を行います。消化器の病気は血液検査や画像検査でよく分からないことが多く、内視鏡検査が診断に重要となりますので、我々の消化器科では内視鏡検査を数多く実施しています。
- 難治性の病気の場合、長く治療することになるのでしょうか?
- 治療の選択肢や治療期間はそれぞれの病気によって異なりますし、同じ病気であってもそれぞれの犬と猫で治療の反応性がかなり異なるので一概には言えません。基本的には、診断のための検査と当センターでの治療期間は、ご家族とかかりつけ病院の担当医の先生のご希望にあわせて決めていきます。例えば、原因不明の慢性胃腸炎(慢性腸症)は年単位で治療が必要な病気ですが、当センターで診断後に2〜6ヵ月ほど初期治療を行い、動物の状態が良くなれば、かかりつけ病院の先生にバトンタッチすることが多いです。もちろん完治を目指して治療しますが、仮に治らなくても病気と治療薬とで上手く寄り添うことで、動物とご家族が普通の生活を送れるよう、常に手を尽くしています。
- なぜ消化器科を専門に選んだのでしょうか?
- 研修医時代と大学動物病院で教員をしていた時の、指導医の先生の導きです。指導医をしていただいた大学教授と准教授の先生から“君は消化器をやったらいい”と言われたのがきっかけです。当時、おそらく私の中に何らかの適性を見て勧めていただいたのだと思うのですが、消化器や内視鏡の仕事を始めると、どんどんとのめり込んでいき、現在は自分の天職であると思っています。診療や研究を通じ、消化器疾患に苦しんでいる動物やご家族のお役に立てることに大きなやりがいを感じていますので、この仕事へと導いてくださった先生方にはとても感謝しています。
- 消化器の中でも特に内視鏡を専門にされていると伺ったのですが
- 日本でも海外でも、獣医療分野で内視鏡の専門医制度は残念ながらありません。そのため、消化器の内視鏡を専門的に行なっている獣医師は、国内では極めて少ないというのが現状です。ただし、消化器内視鏡が必要な犬と猫の病気はかなり多いため、内視鏡を専門にする獣医師がもっと多くいる必要があると思います。私が消化器内視鏡の専門的な診療を始めて十数年以上が経ちますが、以前は診断のために開腹外科手術が必要だった胃腸の病気も、現在は開腹手術を行うことなく、内視鏡検査で正確に診断できることがかなり増えています。また、治療として内視鏡を用いることも増えており、一部の胃腸粘膜のポリープやがんは内視鏡で切除・摘出できるため、開腹手術よりも動物の身体的負担やご家族の経済負担を減らすことができるようになっています。多くの犬と猫の内視鏡検査は全身麻酔下で行いますが、ほとんどは日帰りであり、入院は必要ありません。また、我々は無麻酔での大腸内視鏡も行っており、動物にかかる負担をできるだけ軽減するようにしています。
- 特に相談して欲しい症状や病気はありますか?
- 食道、胃、小腸、大腸、肝臓、胆嚢、膵臓などの消化器疾患であれば、内科疾患でも外科疾患でも、なんでもご相談ください。近年、診断・治療のご依頼を受けることが多くなっているのは、犬と猫の原因不明の慢性胃腸炎(慢性腸症)と胃腸のがんです。
慢性腸症はおそらくなんらかの遺伝的背景が関連しており、食事や腸内細菌の影響を受けて発症すると考えられています。数週間以上の慢性的な下痢や嘔吐が続きますが、血液検査や画像検査だけで診断することはできないため、内視鏡検査を行い総合的に診断します。この病気は完治することなく、生涯にわたって付き合っていかないといけないことも多いため、長期にわたって苦しんでいる犬と猫とご家族がたくさんいます。また、この病気は標準的な治療で良くならない場合や、命にかかわる転帰をたどる場合もあることが問題となっています。そのため、私たちはこの病気の原因、よりよい診断、新規治療について東京大学と共同研究を行っています。
我々の日本小動物医療センターにはがんセンターもありますが、胃腸のがんに関しては消化器科で担当しています。犬と猫の胃腸にはリンパ腫というがんが発生することが比較的多いのですが、このがんは胃腸に“しこり”を作らずにがん細胞が増え、画像検査では見つけることができないことが少なくありませんので、その場合の診断には内視鏡検査が必要です。近年、犬の原因不明の胃腸炎が時間の経過によってリンパ腫に変化する可能性も示唆されており、この病気に関しても研究を続けています。 - 今後の抱負をお聞かせください
- 当センターの理念でもある「診療、教育、研究」の3つすべてをバランスよくやりたいと思います。目の前で苦しんでいる動物とご家族を助けることはもちろんですが、消化器の専門診療で得られた経験や知識を、他の獣医師に講演や執筆で伝えていくことも重要と思っています。
また研究については、私は臨床医ですから、臨床の現場にフィードバックできる研究、臨床のための研究を行いたいという気持ちが強いです。現在の私の主な研究疾患は蛋白漏出性腸症、原因不明の慢性胃腸炎(慢性腸症)、リンパ腫で、病態解明、新規診断法の確立、新規治療の確立などを行っています。研究結果は学会発表、執筆、学術論文などを通じて国内外に発表しています。 - 皆さまへ向けてメッセージをお願いします
- 下痢や嘔吐などの消化器徴候、消化器疾患が良くならない場合には、なんでもご相談下さい。検査の選択肢や治療の選択肢をご家族と相談しながら、それぞれの動物に最適と思われる道を探したいと思います。
(記事:尾形聡子氏)