JSAMC日本小動物医療センター

科長インタビュー

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がんセンター センター長 小林 哲也

がんセンターはどのようなコンセプトで作られたのでしょうか?
日本の獣医科大学や専門病院は、各施設が得意とする専門分野や特色を持ち合わせています。それは素晴らしいことなのですが、どうしても学閥や施設間の壁ができてしまいがちです。そのような壁を取り払って得意分野を集結し、ひとつの施設で最高の治療が行えるような場を作りたかったのが始まりです。
がんセンターではどのような診療をしていますか?
犬と猫の様々な腫瘍を診ています。まずはがんと闘う戦略を立てるために、がんセンターに来院していただき細かく調べていきます。その作業には通常1〜7日程度の時間を要します。一刻も早くがん治療を始めたいご家族には長く感じられるかもしれませんが、相手は病気の中でも最強の部類に入る「がん」です。でたとこ勝負で治療を始めても、おいそれと勝つことはできません。そもそも相手が本当に敵なのか(確実な診断)、敵の勢力や陣営(がんの進行具合や広がり具合の把握)、我々に不利な状況(持病の有無を確認)などの情報を集積し、勝てる見込みがあるかどうかを冷静に見極める必要があります。これらの情報を取りまとめ、その後に展開していく治療の指揮をとっていくのが私たちの大きな仕事のひとつです。オーケストラの指揮者あるいは軍師と言えばイメージしていただきやすいでしょうか?
大前提として、ご家族のご意向がもっとも重要であると考えていますので、治療方針については毎回ご家族と相談しながら一緒に考えていきます。ときに一緒になって悩んだり、なかなか結論を出せないこともあります。各ご家庭にはそれぞれ事情がありますから、こちらからは治療オプションを複数提案させていただき、その上でご家庭ごとに最良の治療方針を一緒に練り上げていく、というスタイルです。
初診時にすでに全身にがんが転移しているなど、どうしても根治を目指すことができない場合もでてきます。そのようなときには、がんと無理に闘おうとはせず、動物が良質な時間をご家族と一緒にできるだけ長く過ごせるよう、痛みや栄養管理を中心とした緩和治療を実践するようにしています。しかし、それだけでは少し寂しい思いを抱かれるでしょうから、もしかしたら効果があるかもしれない血管新生阻害剤や免疫調整剤などを処方することもあります。また、期間は限定されますが、国内未承認の治験薬をご提供できる場合もあります。
来年移転を予定している新しい病院では、高精度な放射線治療を行える環境となりますので、すべてのがん治療が、がんセンター内で行えるようになります。外科をメインとするような、ひとつの治療法だけに特化した病院ではなく、最終的にがんに打ち勝つための最善を尽くせる、あらゆる手段を備えた病院であることが、がんセンターの目標とするところです。
それぞれの症状に対して各治療を組み合わせていくのは、とても難しいことではないでしょうか?
まさにその部分をアメリカで学んできました(小林先生は米国獣医内科学専門医(腫瘍学)としての認定を、日本人で初めて受けています)。各治療を開始するタイミング、強度、順番などを見極め、どのように組み合わせていくか、ということです。
がんセンターでの治療だけでなく、病院がチームとして治療にあたることも重要です。それを、サーキットで走ることにたとえるとしましょう。カーレースで優勝するためには、ドライバーのスキル、車の性能、そしてピットのクルーが三位一体となって同じ目標に向かわなくてはなりませんよね。病院で言うならば、獣医師のスキル、各科そして病院全体のスペック、各スタッフのサポートがそれらにあたります。すべてが整わないと優勝することはできませんし、我々であればがんを治すという究極の目標に到達することはできません。いかに速く走れるか=いかに良質な生存期間を長くできるか、ということになってくるのです。ですので、三位一体となって治療にあたることを常に重要視しています。治療方針を立てるときも、治療を行なっていく間も、なにかひとつでも欠けてしまえば、たとえ同じサーキットを走り切ることができたとしても結果が違ってきてしまいます。ベストな治療をしていくには、万全な戦略と体制を取り続けることが必要なのです。
がんセンターでの診断・治療に対するこだわりを聞かせてください
先ほど、治療前の情報収集を徹底的に行っていると言いましたが、具体的には、細胞診検査、画像診断、病理組織診断など、国内トップクラスの専門家であり、私が全幅の信頼を置いている診断医の英知を結託し、多角的に情報を収集しています。彼らは朝から晩まで細胞診ならば細胞診を、画像診断ならば画像診断のみを行う専科獣医師です。そのような高度な専門性を持つ人たちが寄り集まり、下す診断の正確性や信頼性は極めて高いものになります。また、高齢動物になると、がん以外の持病を患っていることも少なくありませんから、がんセンターに併設されている消化器科、皮膚科、循環器科、眼科などの専門家の協力を得ながら必要に応じて、またはご家族のご要望に応じ、がん以外の持病も並行して治療していくこともあります。
診断医の力を借りたあとは治療医の登場です。医学ほどは細分されていませんが、獣医領域でも外科医によって得意分野があります。がんセンターにはさまざまな得意分野を持つ外科医が複数人在籍していますので、それぞれの手術に最適な獣医師を選ぶことができます。また現在、放射線治療は外部に依頼していますが(2018年、病院移転後に放射線治療をセンター内で開始予定)、放射線治療も施設によって特徴が異なります。腫瘍の発生部位や放射線治療装置の特性を加味した上で、最良かつ最速で治療を開始できる施設に照射を依頼しています。
化学療法にはプロトコールと呼ばれる、料理でいうところのレシピがあります。ですので、薬剤を投与するだけならば、どの病院で行っても同じだと言われるかもしれませんし、実際にそのような質問をご家族からよく受けています。しかし、レシピがあれば誰でも一流の料理人の味が出せるものでしょうか?素材の産地や季節、選び方によって変わるばかりか、料理を食べる人の好みによっても味の感じ方はまったく異なってきますよね。それと同様に、最善の化学療法を実践するためには、動物の年齢、犬種、腫瘍グレード、ステージ、基礎疾患の有無などによって、レシピに様々な「味付け」をする必要があるのです。
どうしても必要なときには、入院下でとことん攻めることもあります。特にリンパ腫の導入期や、化学療法による重度の副作用が生じた際には、24時間の看護が必要なときがあります。一方、動物の体調によっては思い切った薬剤減量をしなければならないことも少なくありません。副作用と治療効果の発現は表裏一体です。最小限の副作用で最大限の治療効果を発揮させるためには、化学療法剤に対する深い知識、経験、工夫などが不可欠になります。
現在、がんが原因で死亡する動物の割合はどのくらいなのでしょうか?
犬の半分以上、猫の3分の1以上はがんが原因で亡くなっています。というのも、フィラリアやジステンパーなどの感染症や交通事故で亡くなるケースがかなり減り、その結果平均寿命が伸びているからです。これは、みなさんが動物を大事に飼われていることの表れでもあるのですが、がんに罹る動物が増えているというジレンマも生じています。
なぜ、がんを専門に選んだのでしょうか?
渡米して勉強していたときのことです。皆がさじを投げるような状態の動物にも、Oncology(腫瘍学)の専門医は“Can I help you?”と言って優しく手を差し伸べている姿を見て、心の底から感動しました。治療法がよく分からない、いずれ死ぬことが分かっている、そんな状況でも “Can I help you?”と言えるのが、どれほどすごいことなのか・・・これしかない!となりましたね。腫瘍学の中でも腫瘍全体を見渡せる腫瘍内科を専門にしたいと思い、今に至っています。実際に手術をするといったプレイヤーは花形でとても魅力的ですが、それ以上にがん治療全体を総括する指揮者的な役割に強く興味を惹かれたからです。
日本での専門医はまだ少ない状況だと聞きますが、今後どのようにして獣医療の専門性を高めていこうと考えていますか?
世界レベル、アジアレベル、日本レベル、がんセンター内で人材育成を考え、活動を続けています。世界レベルでの活動のひとつは、日本獣医学専門医奨学基金(JFVSS)の設立です。アメリカで専門の獣医療を学ぶ人は増えているのですが、日本での受け皿が少ないこともあり、残念ながら学んだあとに日本に戻ってこないケースが多く見受けられます。そこで米国コロラド大学とのコラボレーションで始めたのが、日本人獣医師を専門医に養成することを支援する奨学金プログラム、JFVSSです(www.jfvss.jp)。アジアレベルでの人材育成は、アジア各国の専門家と共同で、アジア獣医内科学専門医制度を立ち上げたことです。そこでは、北米やヨーロッパで行われている専門医制度を、アジアでも確立することを大きな目的としています。北米やヨーロッパの専門医制度と肩を並べ、アジア固有の情報を発信し、世界と対等に意見を交わせるような団体にしていきたいと考えています。国内での活動としては、全国で年間約150回程度の講演活動を自身で行なっています。日本の獣医腫瘍学の底上げはもちろん、間接的ではありますが、日本全国の動物とご家族の方の力になれればと思って続けていることです。
最後に、がんセンター内でも研修医を育てています(日本小動物がんセンターの母体である日本小動物医療センターは、農林水産省から臨床研修診療施設として指定されています)。彼らは専門医になるわけではありませんが、がんをよく理解する開業医として、がんセンターで学んだことを活かし、全国各地で動物とご家族をハッピーにしてくれることを期待しています。
今後の抱負をお聞かせください。
直近の課題としては、来年に予定している病院の移転事業を成功させることです。移転と診療を並行して、患者さんになるべく迷惑をかけないよう進めていきたいと思っています。移転に伴い放射線治療科を新設するので、そちらをしっかり軌道に乗せていくことも課題です。さらに、猫専門の二次診療施設として、ねこ科も新設する予定でいます。新しい病院では待合室から完全に犬と猫を分けて診療できるような設計にしています。
治療に関しては、今後、免疫治療も積極的に取り入れていくつもりです。これまでの外科・内科・放射線の3本柱に加え、第4の柱になるという予測をしているからです。免疫治療は人のがん医療ではすでに取り入れられていますが、人では承認・申請に莫大な時間や費用を要する治療も、動物では比較的速やかに実現することが可能です。中長期的には、当センターがアジアの小動物がん治療の中核となり、専門医を数多く輩出できるようにしていきたいです。
“できるだけ多くの動物とご家族をハッピーにしたい”、これが究極的なゴールであることは、僕が獣医師になりたての頃からずっと変わっていません。そのゴールに到達するためにはどうしたらいいか、常に考え色々な方面で活動を続けています。また、新しい治療法、論文や書籍などをここから世界へと発信していき、世界中の動物たちを救うことにも繋げていきたいと思っています。
皆さまへ向けてメッセージをお願いします
ベストな治療だけでなく、ベターな治療法もご提案いたします。治療費が高額になることも少なくありませんが、ご家庭の事情に合わせて、無理のない範囲で行える治療法のご提供も可能です。また、特に猫に言えることですが、動物にかかる通院のストレスを考えると、すべての治療を当センターで実施するのがいいわけではありません。ですので、ホームドクターとの連携も大切にしています。がんセンターでしかできないことはがんセンターで行いますが、ホームドクターでできることはできるだけホームドクターでやっていただくのが、動物にとっても、ご家族にとっても最善であると考えています。がんと徹底的に闘う治療方法、そして、積極的に闘わない場合には動物が少しでも楽になれる方法をたくさんご提案させていただきます。

(写真と記事:尾形聡子氏)

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