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犬、猫の脳神経外科疾患について

私は獣医師免許を取得してから動物の脳神経外科疾患を治療したいと考え、人の脳神経外科医になりました。人の脳神経外科では人手不足も手伝って、早い時期から積極的に手術に参加させられ、あらゆる技術と知識を訓練されました。私のいた施設は年間650〜840件の手術をしていましたので、今までで3000件以上の脳外科手術に入っています。
安部 欣博(医師、獣医師、脳神経外科専門医)

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脳腫瘍摘出術は元気に退院できる

基本的に脳腫瘍摘出術は、傷つけてはいけない脳実質、動脈、静脈を局所解剖のレベルで知っておく必要があります。この知識の上で摘出範囲を決定することになりますので、腫瘍があるから全部取るという単純な話ではありません。可能な限り摘出して、可能な限り合併症を起こさないように計画します。手術ですから予想していないことも起こりますが、その都度丁寧に対応することを心がけています。人間の脳腫瘍摘出術では、合併症なく元気に帰っていただくのが当然のことであり、今までのところ、犬の脳腫瘍摘出術でもほとんどの症例が元気に退院しているのが現状です。

良性腫瘍を見逃さない!

人の脳腫瘍では摘出すれば完治するWHO gradeTという範囲の腫瘍が存在します。今でも多くの獣医師から犬の脳腫瘍はすべて悪性で手術しても意味がないような意見を聞きます。動物の脳腫瘍の場合、病理結果と臨床経過の相関の蓄積がなく、このようなgrade分類自体が存在していないのが現状です。しかし、私が手術したうちの2例は、手術所見上は人で言うWHO gradeTのものに近く、現在も再発せずに生存しております。人間の脳腫瘍と比較すると悪性が高い印象はありますが、動物の脳腫瘍にも、必ずgradeTの脳腫瘍が存在しており、これを見逃さずにきちんと治療することが重要であると考えています。

必ず一度は専門医の受診を!

人の医療では、必ず専門医の目を通す習慣がついています。脳神経外科疾患であれば、何科で診察しても、脳神経外科に紹介して必ず一度診てもらうことが一般的です。専門医でなくてはきちんとした治療方法をご家族様に提示することはできません。動物は治療を選ぶことができません。脳神経疾患であるなら、セカンドオピニオンであっても、一度ご相談ください。私が責任をもって診察し、あらゆる治療法を提示させていただきます。

日本小動物医療センター 年間脳手術症例数
2012年
(2例)
① 脳腫瘍摘出術2例(髄膜腫1例、glioma1例)
2013年
(4例)
① 脳腫瘍摘出術2例(髄膜腫2例)
② 脳室ドレナージ術1例(水頭症1例)
③ 脳生検術1例(組織球肉腫1例)
2014年
(3例)
① 脳腫瘍摘出術2例(髄膜腫2例)
② 脳生検術1例(肉芽腫性脳髄膜炎1例)
2015年
(5例)
① 脳腫瘍摘出術5例(髄膜腫4例、glioma1例)
2016年
(10例)
① 脳腫瘍摘出術7例(髄膜腫4例、glioma3例)
② 脳挫傷1例
③ 脳室ドレナージ術2例
2017年
(20例)
① 脳腫瘍摘出術16例(髄膜腫7例、glioma7例、鼻腔内腺癌1例、血腫1例)
② 脳生検術1例(顆粒膜細胞腫1例)
③ 脳室ドレナージ術2例
④ V-Pシャント術1例(脈絡叢乳頭腫による水頭症)
2018年
(13例)
① 脳腫瘍摘出術10例(髄膜腫7例、glioma2例、顆粒膜細胞腫1例)
② 脳生検術3例(炎症1例、glioma1例、肉芽腫性脳髄膜炎1例)
2019年
(19例)
① 脳腫瘍摘出術17例(髄膜腫9例、glioma5例、鼻腔内腺癌1例、
組織球症1例、脈絡叢乳頭腫1例)
② 脳室ドレナージ術1例
③ 他院での手術後のrepair1例

症例紹介

ウェルシュコーギーペンブローク 9歳 避妊メス
主訴:痙攣発作 病理診断:未分化希突起細胞腫
<術式>帽状腱膜の層に認められる顔面神経と、側頭筋筋膜上に認められる浅側頭動脈を傷つけないように皮膚切開して皮弁を翻転させた。人の側頭葉下アプローチと同じように、頬骨弓に切り込みを入れて側頭筋ごと下方に牽引し、腫瘍下端が見えるように開頭した。腫瘍摘出中は側頭葉内側に到達しないように嚢胞内面を摘出したところで終了した。摘出後は、頬骨弓をナイロン糸で固定し整復した。
<経過>術後7ヶ月間は痙攣発作が消失。その後、症状が再発している。
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手術前

手術後

ミニチュアダックス 8歳 去勢オス
主訴:脱力発作 病理診断:髄膜腫
<術式>中〜長頭型犬種の前頭開頭では、前頭洞(副鼻腔)とともに篩骨甲介(鼻腔)も一緒に露出される。閉頭時に鼻腔との境界を作るため、帽状腱膜と骨膜を皮膚と剥離してpericranial flap(ペリクラニアルフラップ)を作成した。術前に大脳鎌髄膜腫と判断し、上矢上静脈洞の前端を焼灼切離して、大脳鎌ごと腫瘍を摘出した。栄養血管は内篩骨動脈からが最も多く、これを焼灼切離した。前頭葉と腫瘍の境界は不明瞭で、出来るだけ運動野を損傷しないように一部脳実質とともに摘出した。腫瘍尾側は内側から摘出することにより、嗅脳の外側経路(記憶や摂食行動に関与)を可能な限り損傷しないように注意した。閉頭時、篩骨甲介(鼻腔)をペリクラニアルフラップで閉鎖した。
<経過>現在(手術後10ヶ月間)まで経過良好
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手術前

手術後

ミニチュアダックスフンド 10歳 オス
主訴:痙攣発作 病理診断:髄膜腫
<術式>犬は横静脈洞、直静脈洞、静脈洞交会が後頭骨(後頭隆起)に入っているため、これを傷つけないように注意して開頭した。小脳テント髄膜腫と診断し、後頭葉の外側(内側は一次視覚野のため)から侵入して、ガレン静脈と直静脈洞を傷つけないように腫瘍を摘出した。1回目の摘出から3ヶ月で再発したため、再手術では小脳テントからの栄養血管を十分に焼灼した。
<経過>再手術直後に側頭葉中心の静脈性梗塞が発生した。小脳テントの十分な焼灼によって、テント静脈洞が閉塞され、腹側大脳静脈(側頭葉の静脈還流を担う)の還流障害を起こしたためと考えられる。その後、症状は改善し、放射線療法も追加している。初診時から2年経過するが、時々発作が認められるものの、一般状態は良好。
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手術前

手術後

ゴールデンレトリバー 13歳 避妊メス
主訴:痙攣発作 病理診断:髄膜腫(前頭蓋底部と円蓋部の2か所)
<術式>前頭蓋底部と円蓋部の両方が見えるように皮膚切開を行った。前頭開頭を行い、運動野から十分離れている前頭葉から侵入して、前頭蓋底部まで腫瘍を摘出した。大脳鎌髄膜腫と判断し、大脳鎌ごと腫瘍を摘出し、栄養血管である内篩骨動脈を焼灼切離した。円蓋部は人の良性(WHO gradeT)髄膜腫と所見が一致しており、硬膜と完全に付着していた。脳実質と腫瘍は境界明瞭で、くも膜を破壊しない状態(脳実質は無傷)で硬膜ごと完全に摘出できた。欠損した硬膜部分は側頭筋筋膜で閉創した。
<経過>術後5ヶ月が経過するが、発作も無く経過良好。
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手術前

手術後

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手術前

手術後

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