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ご家族様は1人ではない

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中森あづさ(日本小動物医療センター カウンセリング部部長)

ご家族様は1人ではない

誰にインフォーム(説明)するか

週末になると、入院中の愛犬、愛猫に家族総出で面会に来る、という情景は、どこの動物病院でもみられるものではないだろうか。とくに、私の勤務している病院は都市近郊に位置するためか、飼い主夫婦だけでなく、その娘(婿も)、そしてまたその子供たちまで、といったように3世代家族で来院することも決して珍しくない。
そうなのである。平日の診察には「お母さん」が1人で患者であるコロちゃんを連れてくるので、つい、われわれはこの「お母さん」を一番の(おもな)飼い主として認識しがちであるが、実はコロちゃんの飼い主はたくさんいるのである。
フラット・コーテッド・レトリーバーのラッキーはAさん夫婦の大切な大切な宝物。
とくに、2カ月前に、ラッキーのお姉さんであるホープを事故で亡くしてからは、子供のいないAさん夫婦にとってはますます重要な存在となった。そのラッキーが体調を崩し、診察を受けたところ組織球性肉腫と診断された。
日ごろラッキーとともに来院している「お母さん」は、つらい診断と厳しい予後について何とか受け止め、そして化学療法を実施することに同意した。
と、これは獣医療の側からいえば、ラッキーちゃんのQOLの維持のためにできる限りのことをすれば、OKな症例である。
しかし、その週末に憔悴しきった様子で「お母さん」とともに来院した「お父さん」は、「ラッキーにつらい思いをさせたくない」。だからいっそのこと「安楽死してくれ」と言う。
さて、われわれはどうしたらよいものか。

情報は曲解される可能性がある

ひとくちに飼い主といってもさまざまな人がいるように、同じ1頭の犬、猫であっても、そのバックグラウンドには飼い主が複数いて、またそれぞれ自分たちの愛犬、愛猫に対する考え方は異なる可能性がある。診察室で相対している飼い主がたとえ同意したとしても、ほかの家族がその処置に納得していない場合、とくに予後不良な悪性腫瘍や悪化が予想される慢性疾患の場合などには、トラブルを招きがちである。診察室で聞いた小難しい診断名などはほとんど忘れている「お母さん」が、仕事から戻ってきた「お父さん」に伝えるのは「コロがなんとかっていう病気で、手術しなくちゃいけないって言われた」ということである。これで「そうか。お前に任せる」という「お父さん」であればよいが、それでも手術代が10万円以上すると聞かされたら、「なんの病気だ。ほんとに手術しかないのか」とならないだろうか。ましてや「ラッキーがこれから抗がん剤治療に通わなければならないの。利くかどうかはやってみなければわからない」なんて言われたとしたら…。


  1. 1. 理解を促す資料を渡す
    最近では、難しい疾病については、飼い主向けにわかりやすく書かれた本を紹介したり、病院オリジナルでつくったクライアント用の資料を用いて説明する病院も増えているが、これはやはり大切なことである。診察室で診断名を告げられて頭が真っ白になっている飼い主に、少し落ち着いたところで改めてその病気について理解してもらうこととなるうえに、ほかの家族に説明するためのツールを提供することになるからである。
  2. 2. 改めて時間を作る
    夫婦間、家族間では、互いの感情が高まり、冷静な話ができないことが多々あることは、自分自身を振り返ってみても理解できるだろう。そのため、難しい症例(飼い主にとって)と感じた時には、改めて時間をとって夫婦(家族)同席のうえで、病気の説明、治療法、予後について話す機会を設けることも提案したい。確かに「面倒」なことではあるが、われわれにとっては患者の1人かもしれないその犬(猫)は、飼い主にとってはかけがえのない存在なのだから、そういった時間をつくることもぜひ考えてみて欲しい。
    もちろん、飼い主側にとっても説明を受けるためだけに来院するのは大変であろう。しかし、獣医師側から「もしご家族でお話を聞きたいということでしたら、改めて時間をとることも可能ですよ」といった提案がなされるかどうか、そういった姿勢を示すことができるかどうか、それだけでも飼い主にとっては嬉しい申し入れに映るはずである。
  3. 3. 安全で安心できる空間を提供する
    そして、でき得ることならば、飼い主に難しい決断を迫るような話題は、プライバシーの守れる安全な空間で話しをしたい。もちろん診察室以外に「面談室」のようなものがあれば一番であるが、そのようなスペースを設けることのできない動物病院がほとんどであろう。ならば、待合室から一番遠い診察室を選び、もちろんドア(戸)を閉める、ドアに覗きガラスが付いている場合にはブラインドを下げるといった工夫だけでも馬鹿にならない。
    私はNPO団体に所属し、月に1回、保健所でHIV検査被験者のヘルスアドバイザーをしているが、そこでは、保健所の無機質な雰囲気を少しでも和らげるために、布で医療機器を覆ったり、壁には風景写真を張ったり、また誰かが間違えて突然入ってきても遮ることができるようドアには衝立を置くなど、まず部屋の雰囲気づくりをしている。
    動物病院でここまでする必要はないが、こうした心遣いは今後治療を行っていくうえで大切なものとなるであろう。
  4. 4. 座って話しをする
    最後に、もっとも実行が簡単で、またとても有効なのは、互いに着席して話しをすることである。診察の場面では、診察台を挟んで立ったまま向かい合うことが多いが、難しい話題の場合にはぜひお互い椅子に腰掛けて、「落ち着いてゆっくりお話しましょう」という雰囲気を伝えよう。

このようなちょっとした事柄のひとつひとつが、飼い主にとって悪い知らせへの心構えをさせることにもつながるうえに、またわれわれ自身の準備にもなるのである。

今回のまとめ

誰に、どのように伝えるかは、インフォームド・コンセントを実施するためにとても大切なことである。

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